大将、ビスコ握って。あいよビスコお待ち！じゃあ次、ティッシュもらおうかな。へいティッシュお待ち！あとメンソレちょうだい。はいメンソレお待ち！なんでも握ってくれると評判の寿司屋「寿し肛」のカウンターで、挑みかかるような目つきで次々と繰り出す渡辺電機(株)さんの注文に、間髪入れず応えて出してくる大将も只者ではないが、出されたものを躊躇なく口に運ぶ渡辺電機(株)さんも、かなりの強者と言えた。えーと次はそうだな。大将、ベンツ入ってる？おしぼりで顔を拭きながら、当たり前のような口調で言う渡辺電機(株)さんと、ベンツあるよっ！と威勢よく答える大将の眼とが、激しく火花を散らす。じゃあ、ベンツもらおうか。だが、大将は動かない。お客さん、お勘定は払えるんだろうね…？静かな声で、尋ねる。黙って見つめ合う二人。ややあって、渡辺電機(株)さんが口を開いた。金は、払えない。ベンツどころか、最初のビスコの分も払えない。金は、無いんだよ。大将の持つ刺身包丁が、かすかに動いて鈍い光をはなつ。払えないが、ベンツは食えるぜ。どうするよ、大将。ベンツ、食ってやるよ。握ってくれ。有線のBGMも消え、かすかな水音だけが響く店内に、重苦しい緊張が続く。あいよベンツ。大将の低い声と、ばりばりとベンツを噛み砕く音が、いつしか真っ暗闇になった店内に、鳴り響いていた。
