渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

永遠に生きる男

タイムマシーンで一週間前に行って馬券を…などと、相変わらず不可能な夢想にうつつを抜かしている内に、またしても原稿の締切が待ったなしになってしまった渡辺電機(株)さん。貧しい暮らしと時間に追われる毎日の中で、少しずつその心は病んでいきました。ターーイム!スリーーップ!!全裸で両手を頭上高くクロスさせ、高島屋タイムズスクエアの屋上から3月の空へジャンプした幸薄い初老の男を、神はお見捨てにならなかったのです。応仁の乱。池田屋事件。ポンペイ火山の噴火。ノルマンディー上陸作戦。渡辺電機(株)さんは今も、歴史上の惨劇の現場に全裸で飛び出しては、何が起きているのかもわからないまま惨殺される繰り返しを、続けているといいます。永遠に…。

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男!日本海

一世一代の男の夢を応援してやれないそんな国、こっちから捨ててやらぁ!そう言って、ソープランドに行くための助成金の申請を文科省に門前払いされた渡辺電機(株)さんは、男・電機丸と名付けた盗品のイカ釣り漁船で、勇躍大海原へと飛び出した。海の向こうにゃ、男の夢を実現するデッカイ国が、きっとあらぁな!それが、ほんの10分前。今、渡辺電機(株)さんは速攻で沈んだ船から放り出され、晴海埠頭から数十メートル先に浮かんだ首のもげたダッチワイフにしがみつき、上空を旋回するネットの野次馬たちが飛ばしたドローンに懸命に手を振っていた。たっ、助けてくれーぃっ!!こんな平和な光景の裏側で、戦争の足音がヒタヒタと忍び寄っているとも知らず…。

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おれの血は他人の血

えすくれめんとお!怒りの火柱が、渡辺電機(株)さんの身体を突き抜ける!泣きながら両手を振り回し、渡辺電機(株)さんの大事なああっ女神さま!の缶ペンケースを持って教室を逃げ回る力士たちを追いかけ回す姿は、とても一国の宰相の姿とは思えなかった。捕まると見せかけて他の力士にパスして舌を出す力士たち。泣きすぎてえづく渡辺電機(株)さんを囃し立てる力士たちが、突如声もあげずにバタバタと倒れる。"気"を放って絶命させた力士の死骸を踏みつけながら、横綱白鵬が恭しく渡辺電機(株)さんのもとへ歩み寄る。総理、戦争のお時間です。あっそ。短く返事をして立ち上がり、横綱の手のひらに置かれた赤いボタンを躊躇なく押すと、地平線の向こうに閃光がきらめき、ゆっくりとキノコ雲が立ち上るとともに、かすかな地響きが、熱いそよ風に乗って聞こえてきた。またひとつ、国が滅んだな…。無言で地平線を見つめる横綱の、大陸の故郷にはせる思いが、渡辺電機(株)さんの無邪気な万歳三唱にかき消された。なにがあっても、おれはこの人について行くと決めたのだ。横綱は決意を胸に、力士たちの死骸を池のコイに与えるため、解体の作業に取り掛かった。

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北の国から

カニ食いてー!!絶叫しながら着衣のままザブザブと、長万部の砂浜から函館湾の海に駆け込んで行った渡辺電機(株)さんは、それきり姿を現さなかった。この辺はホタテばっかで、カニはあんまし獲れないんだあー。海を見つめながら北海道なまりで呟いた漁師は、明らかに横綱の変装だった。本場所や巡業のないときはいつも、この砂浜で渡辺電機(株)さんの帰りを待ち続けたと言う。

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メタモルフォーゼ

邪進化を遂げて昆虫人間になった渡辺電機(株)さんだが、その屈託のない笑顔は以前と少しも変わる所がなかった。こうやって黒い甲羅に守られてて、無敵だと思うっしょ。でもね、ほら、お腹はこんなブヨブヨで無防備なの。なんでこんな秘密をアンタに話したと思う?もうアンタは生きちゃいねえからさ!そう言って羽を広げて渡辺電機(株)さんが襲いかかった相手は運悪く、文壇のステゴロ最強と言われる川端康成その人だった。異形の姿で襲いかかる渡辺電機(株)さんに表情も変えず、口をへの字に結んだまま、正確かつスピーディなパンチを、雨あられと浴びせた。地べたに倒れ身体をくの字に折り曲げ、えづきながら許しを請う渡辺電機(株)さんを無視して、川端は銀座のバー「眉」を後にした。自殺の報道が世界を駆け巡る、三日前のことだった。

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地球最後の男

筆者の友人が先代柳家小さん師匠の最晩年、紀伊國屋ホールでの高座を見ているのだが、これが「笠碁」と「碁泥」が混ざってループしてしまい、とうとう見かねた弟子が観客に謝罪して師匠を舞台から連れ去るという、なんとも切ないものであったという。あの名人でも、歳には勝てなかったのである。だが、渡辺電機(株)さんだけは、いつまで経っても老熟する事を知らず、インターネットを閲覧しては匿名で同業者を口汚く罵り、女人の肌脱ぎ写真を集めては野獣の咆哮を上げていた。120歳を超え、二度の戦火もくぐり抜け、日本が消滅し北の国家の一部となり、やがて永い氷河期を迎えても、渡辺電機(株)さんは健在だった。数万年の時を経て、すっかり人類も死に絶えた雪解けの頃、渡辺電機(株)さんは久々に近所のコンビニに買い出しに部屋を這い出し、初めて時の流れを知った。ちょっとお男子!ぷうっと頬を膨らませ腰に両手を当て、怒ってるんだゾのポーズをとると、渡辺電機(株)さんの身体はぐずぐずと崩壊し始め、塵になって無人の荒野に吹き荒れる風に飛ばされ、何もなくなった。

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思い出の味

伝説の初来日の際に食べてあまりの美味しさに感激した、ちくわ磯辺揚げをもう一度食べたくて、何度も日本を訪れては、麻薬を所持して逮捕されたり、成田空港で入国許可が降りなかったりで、なかなか日本の土を踏むことができなかったポール・マッカートニーだったが、90年代に入ってようやく日本を訪れると、ちくわのことはすっかり忘れていて、今度は吉原のソープランドの虜になってしまった。そんな彼も、歳を重ねてついにはステージを降りる日がやって来た。もう、国際線で旅をする体力もない。その時になって、思い返すのはちくわの磯辺揚げのこと。今のロンドンなら食べさせる店があったかもしれないが、音楽バカの彼の語彙では、磯辺揚げの概要を周囲に伝えることも叶わず、失意の内に一生を閉じたという。数えで、134歳になっていた。

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