渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

春は馬車に乗って

石森プロで泊まり込みの仕事中、石ノ森の過去の全原稿が保管された資料室のソファで仮眠をとっていたところ、疲れと緊張があってか、恥ずかしながら夢精してしまった。石ノ森章太郎の生原稿に埋もれて夢精する贅沢さよりも、映画「兵隊やくざ」で娼婦を買う勝新太郎の白い尻の夢で果ててしまったことが屈辱で、おれはその仕事を放り出して旅に出た。ヒッチハイクやマグロ漁船の日雇い、遊牧民との交流などで全世界をさまよい幾星霜。尾羽打ち枯らしてたどり着いた石森町の石ノ森章太郎ふるさと記念館では、ロマンスグレーのアフロヘアにサングラスを掛けた小太りの老人が、満開の桜の下でにこやかにおれを待っていた。そうか、あの時おれは、勝新太郎の尻で果てたあの時おれは、死んだんや。30年の歳月をかけて師匠の元へたどり着いた、渡辺電機(株)さんのこの世への未練が今ようやく、舞い散る桜の花びらとともに、散り散りに消えていった。

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トリオ・ザ・パンチ

おすぎとピーコと電機。見分けのつかないオネエ三兄弟として知られる彼らだが、見分け方は意外な所にあった。背後から見ると身体が半透明で、実際はこの世のものではないことがわかるのが、長男のおすぎ。酔えばオネエ言葉は影を潜め、豪放磊落な九州男児の素顔をのぞかせて豪快に笑い、黒田節を歌い踊り、宴が終わる頃には全員酔いつぶれた中で一人、薩摩弁で故郷鹿児島への憧憬を呟きながら男泣きに泣く次男のピーコ。そして、姿を見た者の目はつぶれ心臓は止まるため、誰もその外見を知らず、実在すらも定かではない三男の電機。彼ら三兄弟が一同に会したとき、エントロピーは限界を超え、素粒子レベルの爆発によって地球も太陽系も瞬時に消し飛ぶという。

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収容所惑星

二度と会えない覚悟で妻子を地球に残してやって来た木星刑務所だが、なんか普通にネットが使えて、地球とLINE通話とかできるのな。ビデオ通話で子どもたちにパパ大好き言われて、涙が止まりません。言われるままに全裸になり、おどけたポーズで子供たちを笑わせていたが、刑期を終えて戻った地球では、その動画をネットに上げられ世界中の笑い者になっていた。すでに25年の時が流れて妻子の行方も知れず、パスワードがわからないので動画の削除もままならない。木星にも地球にも、おれの居場所はどこにも無かった。

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ジャズる心

マイルス・デイヴィスの秘蔵っ子と呼ばれ、トランペットの音色で人を殺すと言われた渡辺電機(株)さんが帰国して日本のJAZZ界も色めき立ったが、彼は音楽界とはきっぱりと一線を引き、主に官能劇画誌の巻末やビニール本の箸休めの下品なセックス4コマ漫画を描いて、生計を立てた。何人ものJAZZ関係者が吉原トルコ街にある彼の安アパートを訪れ口説いたが、渡辺電機(株)さんの答は常に同じだった。なんのことだかわかりません、マイルスには主に4コマの起承転結と、読者を引きつけるヌードの見せ方を教わりました。どうにも辻褄の合わない話を突き詰め話を総合すると、どうやら渡辺電機(株)さんがマイルス・デイヴィスだと思いこんでいた人物は、主にコンビニ向けのエロ4コマ専門誌で執筆していた漫画家だったらしい。それらの雑誌も今はなく、その人物も今どこへ行ったのか、消息を聞かない。

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神は死んだ

祭りの夜にふざけて着けた般若の面が取れなくなった渡辺電機(株)さんは、やむなく心を神に乗っ取られたフリをして、村人の供物で生計を立てることにした。こんな外見では、メイド喫茶の仕事も続けられないしな…。秋葉原での楽しい日々をなつかしみ、「神の祠」と名付けたワンルームでネットに逃避し、通販でアニメDVDや抱きまくらを買い漁る般若のウワサはネットを駆け巡り、ついにはジャパニーズオタクデーモンとして欧米のコミックコンベンションで引っ張りだこになり、皇居の園遊会で陛下にお声をかけられ恐縮する般若の姿がネットニュースに流れるなどしたが、信心深い村人に理解されるはずもなかった。三角の白覆面をかぶり松明を持った村人たちが神の祠を取り囲んだのは、渡辺電機(株)さんがしょこたんとの対談番組の収録から意気揚々と帰ってきた夜のことだった。

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ふたりの友

あなたのパンティ、見せてくれませんか?そう言ってカメラを手に近づいてきたAVカメラマンに、渡辺電機(株)さんは盗みたてのパンティの数々を背中の風呂敷包みから取り出し、好きなのを持って行けよドスケベ野郎、と吐き捨てた。やっぱり、アンタだったんだな。足元に散らばった艶めかしいパンティを拾おうともせず、カメラマンは冷たい視線を渡辺電機(株)さんに浴びせた。おれの大事な下着、ベランダから盗みやがって。この泥棒野郎、警察に突き出してやる!では、おまえが履いたのか。罵声を浴びながらも渡辺電機(株)さんは表情を変えず、静かに言った。頭に被っちまったじゃねえかよ…。遠い目をして、絞り出すように呟いた渡辺電機(株)さんを、カメラマンは殴ることができなかった。ふたりとも心に大きな傷を負い、そして終生変わらぬ無二の親友を得たのだった。

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イリーガルエイリアンズ

どこか遠い国でオリンピックが開かれている頃、渡辺電機(株)さんは世間の喧騒とは無縁な洞穴の奥で、ひとり漫画を描いていました。ああ、腹が減ったなあ。月に二度、原稿とひきかえに人間界の食べ物を持ってきてくれる編集さんが、ここ二ヶ月ほどばったり現れなくなり、もう食べるものが残っていないのでした。編集さん、いったいどうしちゃったのかしらん。もしかして、打ち切り。おれと世界をつなぐ、たったひとつの連載。途方に暮れて洞穴の入り口まで出ると、薄紫色に染まった空には、燃え上がる街から何筋もの黒煙が立ち上り、イナゴの群れのように空を埋め尽くした異世界の飛行艇が、こちらに気付いて一斉に向きを変え、飛んでくるのが見えました。

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