渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

野球狂の詩

「空白の一日」の裏ワザを使って読売巨人軍に抜け駆け入団したのが23歳のときだから、ずいぶん長い年月が流れた。あれから30余年、いまだに現役を引退させてもらえないまま、週1のペースで先発登板させられる渡辺電機(株)さんは、今日も1回表からヤクルト打線に捕まり、ワンナウトも取れずメッタ打ちにされていた。なにしろ生まれついての貧弱な肉体、野球をやった経験など人生において一度もなく、ただ単に巨額の契約金目当てに入団しただけで、ズブの素人なのだ。それが、抜け駆けの罰として毎週の先発を言い渡され、観衆の嘲笑を浴びながらプロの選手に徹底的に打ち込まれ、息が上がってゲロを吐いて気絶するまで、マウンドから降りることも許されない。気がつけば還暦まであとわずか、長年の酷使で肉体はボロボロ、その外見は80過ぎの老人のようだ。死ぬ以外に、この地獄から逃げ出す術は無いのか…。

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総理と呼ばないで

安倍総理がアメリカに行って留守のこのスキに、総理の椅子に座っちゃえッ!!茶目っ気たっぷり、七色アフロのウィッグにエルトンジョン眼鏡、紅白しましまのロンT、半ズボンにサスペンダーの渡辺電機(株)さん。両手に持ったピコピコハンマーを武器に総理官邸の厳戒警備を強行突破、執務室の総理の椅子にダイブしたその瞬間、天空にけたたましいゲーム音楽が鳴り響いた。その瞬間、アメリカ滞在中の安倍晋三は一介の中年男性にクラスチェンジ。装備は解かれ、とっくりセーターとベレー帽の姿に変身した。一方、官邸の椅子に座った渡辺電機(株)さんは、本人の意志とは無関係に新たな日本国総理大臣に就任。何が起きたのかも理解しない内に、部屋になだれ込んできた海軍中尉三上卓ひきいる青年将校たちの銃撃を受け、ハチの巣となった。

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What is life

趣味も友人もなく仕事一筋だった故、定年後に家でなすこともなく一日TVを見るだけだったおれを、生ゴミ呼ばわりで罵り嘲笑し、時には暴力まで振るった妻も、病でおれを置き去りにこの世を去った。今となっては、妻がおれ用にゴキブリでダシを取った地獄味噌汁すらも懐かしく、日がな一日泣き暮らしていた。そんなおれが、ひょんなことから宇宙人の美少女4人組と同居することになるとは!しかも4人ともおれにマジ惚れ!いったいどーなるの〜〜〜!?

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谷間の百合

可愛い二人の妹、恭子と美香が金を借りにやって来た。凄まじい浪費っぷりはTVで見聞きしており、兄としてひとこと言ってやるつもりだったが、いつもの調子で甘えられると、ついついおれも頬が緩んでしまう。かつては叶コンツェルンの総帥として日本の経済界に君臨した父の他界後、あっという間に土地も財産もかつての父の右腕に騙し取られ、幼い妹二人を育てるため、裸一貫からダイヤルQ2や風俗のブームにのって荒稼ぎ、バブルの崩壊で右肩下がりの日本経済の中で破竹の勢いで財を成したこのおれだが、妹たちにタカられて無一文。今や手元には、この元公衆便所のあばら家と最後の貯金3千円だけが残り、その通帳も既に美香の胸の谷間に挟まっている。あとはこの家やな。シケモクをせわしなくふかしながら、恭子が舌打ちした。なんぼにもならへんがな、こんなブタ小屋。おうお前ら、こっちやこっち。チャッチャとたのむで。美香に招き入れられた人足たちがハンマーを振り上げ、壁が叩き壊されていく。四つん這いで逃げようとしたおれの後ろ髪を掴み、恭子が笑う。まだや兄貴。目ン玉も腎臓も、残らずもらうさかいな。背中に押し付けられるシケモク。姉妹の、弾けるような嘲笑。どこで、どこで道を間違うたんや…。

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ごはんができたよ

俺にカレーを喰わせろ!上機嫌で歌いだした渡辺電機(株)さんとは対照的に、カラオケボックス内には困惑と軽蔑の気配が漂い、同席者たちは互いに肘でつつき合い、クスクス笑い、渡辺電機(株)さんを指差してささやきあった。気付いているのかいないのか、飛びます飛びますの派手なジェスチャーを決めて汗びっしょりの渡辺電機(株)さんの無邪気さにさすがに苛立ったのか、一番若い同席者がリモコンに手を伸ばしたその時。カレーお持ちしました!身の丈3mを超すであろう真っ赤な鬼と真っ青な鬼が、ぐうぐつと煮えたぎるカレーの入った釜を台車に乗せ、ボックス内に運び入れた。阿鼻叫喚の悲鳴と怒号の中、同席者たちが次々とカレーに放り込まれ、高温でホロホロの肉片となって行く中、渡辺電機(株)さんの音痴な歌声が、いつまでも鳴り響いていた。

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東京タラレバ男

新星堂たまプラーザ店で南こうせつのLPを万引きして捕まった渡辺電機(株)さんは、なぜ自分がそんなことをしたのか、さっぱり分からなかった。平成も終わりを迎えようかというこのご時世に、なぜ自分はこんな興味もない歌手のアナログレコードを盗もうとして、年下の店長に説教されているのか。学校の方にも連絡して、いま先生がこっちに向かってるからな!居丈高な店長の言葉に、だれだ先生ってと首を傾げ、今が一体いつなのか、自信がなくなってきた。どうもどうも、ご迷惑をおかけして!テープを逆回転させたような奇妙な抑揚の大声を上げて入ってきた教師は、青黒い顔に真っ白な頭、顔面に白い目鼻の線が刻まれ、真っ黒な眼球の黒目の部分は白く、色調反転した状態であることがわかった。よく言って聞かせますので。さあ、帰るぞ!モノスゴい力でおれの腕を掴んだ反転生物は、泣きわめきながら必死で踏ん張るおれを軽々と引きずって、空間の裂け目から虚数空間に引っ張り込み、二度と姿を表さなかった。

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おれの世界のおれ

今日も西友の青果コーナーのダンボールに捨てられたキャベツの外皮を、汚れたコートのポケットにねじ込み、惣菜コーナーのコロッケのところに積まれたソースをくすね、背中に罵声を浴びながら全力疾走で逃げた。駅前広場のベンチに陣取り、しなしなのキャベツの皮に、ソースをヒタヒタに塗りたくって、手づかみでムシャムシャ食う。おれには、最高のごちそうだぜ。いつからこんな暮らしをしていたのか、なぜここにいるのか、おれには一切の記憶がない。遠巻きに見ていた学生の2人連れが、恐る恐る近づいてきておれに声をかける。あの、もしかして押井監督…ですよね?おれは黙って立ち上がり、ズボンをおろすと、むき出しにした陰茎をプロペラのように振り回しながら、奇声を発して学生たちを追いかけ回した。スプリンクラーのように渦巻状に散水される尿が虹を描き、1ドットずつの光となって舞い落ちる。よく見ると、学生たちはカクカクしたドット絵で、街は美しいポリゴンとなり、視界の端からパラパラと崩れ落ちて行く。そして、外側の何もない虚の世界が、ゆっくりと姿を表しつつあった。

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