渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

谷間の百合

可愛い二人の妹、恭子と美香が金を借りにやって来た。凄まじい浪費っぷりはTVで見聞きしており、兄としてひとこと言ってやるつもりだったが、いつもの調子で甘えられると、ついついおれも頬が緩んでしまう。かつては叶コンツェルンの総帥として日本の経済界に君臨した父の他界後、あっという間に土地も財産もかつての父の右腕に騙し取られ、幼い妹二人を育てるため、裸一貫からダイヤルQ2や風俗のブームにのって荒稼ぎ、バブルの崩壊で右肩下がりの日本経済の中で破竹の勢いで財を成したこのおれだが、妹たちにタカられて無一文。今や手元には、この元公衆便所のあばら家と最後の貯金3千円だけが残り、その通帳も既に美香の胸の谷間に挟まっている。あとはこの家やな。シケモクをせわしなくふかしながら、恭子が舌打ちした。なんぼにもならへんがな、こんなブタ小屋。おうお前ら、こっちやこっち。チャッチャとたのむで。美香に招き入れられた人足たちがハンマーを振り上げ、壁が叩き壊されていく。四つん這いで逃げようとしたおれの後ろ髪を掴み、恭子が笑う。まだや兄貴。目ン玉も腎臓も、残らずもらうさかいな。背中に押し付けられるシケモク。姉妹の、弾けるような嘲笑。どこで、どこで道を間違うたんや…。

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ごはんができたよ

俺にカレーを喰わせろ!上機嫌で歌いだした渡辺電機(株)さんとは対照的に、カラオケボックス内には困惑と軽蔑の気配が漂い、同席者たちは互いに肘でつつき合い、クスクス笑い、渡辺電機(株)さんを指差してささやきあった。気付いているのかいないのか、飛びます飛びますの派手なジェスチャーを決めて汗びっしょりの渡辺電機(株)さんの無邪気さにさすがに苛立ったのか、一番若い同席者がリモコンに手を伸ばしたその時。カレーお持ちしました!身の丈3mを超すであろう真っ赤な鬼と真っ青な鬼が、ぐうぐつと煮えたぎるカレーの入った釜を台車に乗せ、ボックス内に運び入れた。阿鼻叫喚の悲鳴と怒号の中、同席者たちが次々とカレーに放り込まれ、高温でホロホロの肉片となって行く中、渡辺電機(株)さんの音痴な歌声が、いつまでも鳴り響いていた。

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東京タラレバ男

新星堂たまプラーザ店で南こうせつのLPを万引きして捕まった渡辺電機(株)さんは、なぜ自分がそんなことをしたのか、さっぱり分からなかった。平成も終わりを迎えようかというこのご時世に、なぜ自分はこんな興味もない歌手のアナログレコードを盗もうとして、年下の店長に説教されているのか。学校の方にも連絡して、いま先生がこっちに向かってるからな!居丈高な店長の言葉に、だれだ先生ってと首を傾げ、今が一体いつなのか、自信がなくなってきた。どうもどうも、ご迷惑をおかけして!テープを逆回転させたような奇妙な抑揚の大声を上げて入ってきた教師は、青黒い顔に真っ白な頭、顔面に白い目鼻の線が刻まれ、真っ黒な眼球の黒目の部分は白く、色調反転した状態であることがわかった。よく言って聞かせますので。さあ、帰るぞ!モノスゴい力でおれの腕を掴んだ反転生物は、泣きわめきながら必死で踏ん張るおれを軽々と引きずって、空間の裂け目から虚数空間に引っ張り込み、二度と姿を表さなかった。

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おれの世界のおれ

今日も西友の青果コーナーのダンボールに捨てられたキャベツの外皮を、汚れたコートのポケットにねじ込み、惣菜コーナーのコロッケのところに積まれたソースをくすね、背中に罵声を浴びながら全力疾走で逃げた。駅前広場のベンチに陣取り、しなしなのキャベツの皮に、ソースをヒタヒタに塗りたくって、手づかみでムシャムシャ食う。おれには、最高のごちそうだぜ。いつからこんな暮らしをしていたのか、なぜここにいるのか、おれには一切の記憶がない。遠巻きに見ていた学生の2人連れが、恐る恐る近づいてきておれに声をかける。あの、もしかして押井監督…ですよね?おれは黙って立ち上がり、ズボンをおろすと、むき出しにした陰茎をプロペラのように振り回しながら、奇声を発して学生たちを追いかけ回した。スプリンクラーのように渦巻状に散水される尿が虹を描き、1ドットずつの光となって舞い落ちる。よく見ると、学生たちはカクカクしたドット絵で、街は美しいポリゴンとなり、視界の端からパラパラと崩れ落ちて行く。そして、外側の何もない虚の世界が、ゆっくりと姿を表しつつあった。

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未来狂人ウラシマン

子供の頃から育て慈しんできたカメが次第に巨大化、ある日の午後、空中にフワリと浮かんで「電機さん、今まで育ててくれたお礼に、竜宮城へご案内しましょう」と言う。声が広川太一郎なのはちょっと気になったが、立派に育ってくれた嬉しさに、やれうれしやと背中にまたがった瞬間、ギュンと耳鳴りがして光の渦に包まれ、視界が万華鏡のように高速で流れたと思ったのもつかの間、我に返ると全裸で、辻元清美衆院議員の執務室のデスクにまたがっていた。一杯食わされたのだ。その後のことは推して知るべし、怒られたなんてもんじゃなかったっス…。

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ラヴ・ミー・ドゥ

ビートルズの有名なデビュー前の演奏「デッカ・オーディション」音源の、3曲めのカール・パーキンスのカバー"This is your chimpo, baby"のバックで、かすかにおれの声が聞こえているのにお気づきだろうか。当時大久保のラーメン屋で出前持ちのバイトをしていて、偶々ラーメン4人前を届けたスタジオで、まさにビートルズのオーディションが行われていたというわけだ。あの時のでぶの4人組中年男が、まさかビートルズだとはねえ…。え、イギリス?何言ってんのあんた。警察呼ぶよ!

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神保町古書街彷徨記

黄泉坂書店古書部の伊頭さんから電話。お探しの本が入荷いたしましたとのことだが、おれが古書収集に血道を上げていたのは、もう30年近く前の話だ。伊頭さんがまだ健在だとしたら、もう90を過ぎているはず。お久しぶりです、ところで何の本でしたっけ?聞き返しても、伊藤さんは何だかくぐもった声で同じ言葉を繰り返すばかりで、だんだん混線したように声は聞き取りにくくなり、やがてノイズの奥に溶け込んで消えてしまった。とにかく行ってみれば分かるかと、省線とバスを乗り継いで神田神保町を訪れた。原爆で見渡す限りの焼け野原になった神保町の、地平線にポツンと黄泉坂書店の店舗ビルだけが、綺麗なままで残っているのが見えた。二階の窓から手を振っているのは、あれは30年前のままの若々しい姿の、伊頭さんではないか。おれは夢中で駆け寄ったが、いくら走っても黄泉坂書店は地平線の果にあり、一向に近づく気配がなかった。

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