四月になると、私はまた書き直し原稿を土方に届けた。が、こんどは半月を過ぎても、土方からは何の音沙汰もなかった。いらいらしていると、ある夕、土方が私の部屋へ訪ねて来た。土方は入って来るなり、
「お前、よくも俺にこんな原稿を読ませやがったなッ。これで四回目じゃないかッ。俺はもう飽きたよッ。」
と、私を睨んだ。私は座ぶとんの上に坐っていた。黙って上目づかいに土方の目を見ていると、
「死ねッ。」
と叫んで、立ったまま、原稿の束を私の顔に投げ付けた。原稿用紙が散乱した。
オレも編集さんにはずいぶんな罵詈雑言を浴びせられて来ましたが、ここまでのは、まだないです。全裸で日本刀で斬り合うような、壮絶なやりとり。これでまた書き直して持って行くのがスゴいわ。
それ以外にも、総会屋系新左翼雑誌「現代の眼」の編集者として大江健三郎に原稿依頼して、「ぼぼボクは一流出版社にしか書きませんッ」と切り口上で断られ、「糞、おのれ」と憤るなどのゴシップ的おもしろエピソードも満載で、夢中で読んでしまいました。
- 作者: 車谷長吉
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/04
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 22回
- この商品を含むブログ (19件) を見る