渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

メシアがふたたび

われわれが存在する電脳空間上の疑似歴史とは異なり、現実には、日本で初めてのO-157による食中毒騒ぎを収拾するために、当時の厚生大臣だった菅直人がカイワレダイコンを食うパフォーマンスを行った結果、見事に罹患して翌朝亡くなっていた。今われわれが生きているのは、菅直人が生きていると仮定した、もうひとつの宇宙だったのである。菅直人を失った現実世界では、日本は軍国化を推し進めた恐怖政治の果に、とうとう鬼畜英米に戦争を仕掛けて、核攻撃で島ごと消滅した。その際に海中に没したマザーコンピューターが今なお稼働し、われわれの世界を存在せしめているのだ…。最近とみにポリゴン落ちの目立つこの世界がいつまでもつのか、それは誰にもわからない。

続きを読む

神風

全裸にピッチピチの黒パンストを履き、ルチャの仮面に七色アフロのカツラをかぶった姿で、東京都杉並区内の公衆浴場に現れては、客の出入りの瞬間を狙って、のれんの隙間から女湯や男湯を覗き込む行為を繰り返していた渡辺電機(株)さんだが、駅の階段でお年寄りを背負ったり、酔っぱらいに汚された歩道を率先して清掃するなど、町の人々に愛される存在でもあった。そんな、一見なんの悩みもなくマイペースで人生を謳歌しているかに見えた彼が、なぜ自ら特攻隊に志願し最前線に命を散らしたのか。未だ究明されていない第二大東亜戦争末期の謎のひとつである。

続きを読む

普通戦隊ニンゲンジャー

初場所が始まり、相撲取りたちもおれの力士育成牧場から次々と部屋に入厩して、すっかりさびしくなってしまった。今場所の成績次第では豪栄道を引退させて繁殖に上げる計画もいよいよ現実味を帯びてくるので、そうなったらまた忙しい日々が待っている。力士の種付けができる牧場も増えたが、当て馬力士がいるのはウチくらいなので、有名力士の種付けはだいたいおれに声がかかる。飼育棟から、今日も当て馬力士のいななく声が聞こえてくる。かつては横綱として知られ、格闘家や冒険家としても数々の話題を残した彼も、今ではこんな余生を送っているのだから、力士の一生というものも本当に先がわからない。有り余る精力を持て余して悶々とする日々はつらいだろうが、引退後すぐ食肉に回される大多数の力士を思えば、幸せな余生と言えよう。

続きを読む

ドカドカドッカン先生

こんな田舎の女子校に新任の先生なんて、どんな物好きなのかしら?噂話に花を咲かす生徒たちの前に現れた、テンガロンハットに白のTシャツ、ずだ袋を担ぎ、Gパンに下駄を履いた若い男。やあ君たち!この辺りに白バラ学院という女子校を知らないかい?爽やかな笑顔には前歯が一本欠けて黒い穴が空いており、それを見た生徒たちは、思わず吹き出してしまった。だって、素敵な方なのに、なんだかおかしいんですもの。若い男が笑顔のまま軽く右手を動かすと、正面にいた生徒3人の首が、血しぶきを上げて飛んだ。今日はてめえらの命日だよ、メスブタども。阿鼻叫喚の地獄絵図。逃げ惑う生徒たちを追いかけ、その首をズンズンと跳ねていく、渡辺電機(株)さん。気がつくと辺りは静まり返り、生徒たちの首と思われたものは、野生の瓜の腐りかけた果実だった。学院は何年も前に閉鎖され、うっそうと木々が生い茂り、生き物の気配も無かった。ただ渡辺電機(株)さんだけが、かつて校庭だった草むらに立ち、彼にしか見えない生徒たちに、新任の挨拶を朗々と述べていた。

続きを読む

四角いジャングル

試合後の控室にやって来た前田にボコボコにヤキを入れられた坂田は、次第に原型を留めないゲル状の肉塊に姿を変えて行った。そのブヨブヨの感触が更に前田を苛立たせ、革靴での執拗なストンピングから、パイプ椅子での殴打へとエスカレートして行く。その様子を振り返りながら、これをみんなにもやってほしいわけ!自分でアドレナリンを出して行く!と、練習生たちにアピールする佐山。道場に散らばった練習生がスパーを再開し、一人また一人とゲル状の物体に姿を変えていく。一方坂田は、すでに液体と化して床に溶け出して蒸発してしまい、痕跡も残っていない。何もなくなって微かなシミだけが残る床の上で、前田が口の端から泡を吹きながら、いつまでもパイプ椅子の残骸を振り回していた。

続きを読む

ミート・イズ・マーダー

70を過ぎたばかりなのに、まるで90歳を超えているかのようなポールマッカートニーの近年の容姿の衰えっぷり、逆に80を超えてなおギラギラしてマシンガンのように喋り続ける大村崑の迫力、これらから察するに、菜食主義は寿命を縮める。肉を、ビフテキを食いましょう。サー・ポール。貴男はあのジャンキー女リンダに騙されていたのです。椅子に縛り付けられ、口にねじ込まれた漏斗から、ドドドドと大量のミートソースを流し込まれるポール卿。飲まなければ、窒息する。むせ返り、涙を流しながら、必死に牛100%のゴリゴリのミートソースを飲み込むポールに、やがて異変が起き始めた。あのシミだらけでシワシワの顔面が次第にツヤを帯びて血の気がさし、貧相なカツラを押しのけて極太の頭髪がメリメリと生い茂り、怒張した陰茎はスラックスを突き破り天を衝き上げた。やがて往年のハリのある怒声で「のっぽのサリー」冒頭部を絶叫しながら立ち上がると、全力疾走で正面の窓ガラスを突き破って表に飛び出し、さらなる肉を求めて走り去った。

続きを読む

忘れがたき人

飲み会の帰りに蔵前の厩橋の欄干にもたれて、隅田川の川面にむけてゲロを吐いていたら、「釣れますか?」のんきに話しかけてくるやつがあるものだから、ムッとして振り向いたら、元大関貴ノ花の藤島親方だった。釣れるわけないでしょ、親方。ゲロ吐いてんすよ。あ、じゃあそのゲロもらっとくよ。ハァ?聞き返すより先に、貴ノ花がおれの口元についていたゲロを指ですくいとり、ペロリと舐め取った。ちょ、汚いでしょ。角界のプリンスが、何やってんすかもう。ていうか、親方の部屋は中野でしょ。なんで蔵前に、あれ、親方?元大関貴ノ花に見えたその影は、夜闇の中でぐずぐずに崩れていって、もういるのかいないのかも、分からなかった。やっぱり死んじゃったのかな。寂しいなあ。もう北の湖も魁傑も、貴ノ花も、みんなこの世にいないのだ。川面の激しい水音に目を落とすと、おれのゲロに群がって、何匹もの相撲取りが激しい水しぶきを立てて争っていた。親方、安心してよ。次の世代が、育ってるよ…。おれはさらにこみ上げるものを、派手にえずきながら彼らの頭上に吐き散らした。

続きを読む