渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

L'Écume des jours

東京には空がないと言った智恵子も、もういない。智恵子の墓もないし、そもそも東京など最初から存在しない。高村光太郎の見た幻の中の住人に過ぎないおれたちは、地上に残っていた彼の怨念が成仏するのに伴って消失し、東京のあった場所には巨大な無の暗闇が広がっていた。それ供養したやつの責任じゃねえの、ということになり、さっそくネット上で犯人探しが始まった。例によって鬼女板住人の本領発揮で、その日の内に犯人が特定され、渡辺電機(株)さんの自宅住所から写真までネットに晒された。彼はネットの閲覧できる地域で生きていくことはできなくなり、文明生活を捨てて山へ移り住んだ。「ナベもフライパンも捨てちまったよ、なあに人間は自然のままが一番いいのさ」強がってみせた彼は最初の冬を耐えることができず、今も遺品の高村光太郎詩集とともに、分厚い氷の中に眠っているという。

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ゼッケン666

半世紀前の東京オリンピックで、1万m走で何周も周回遅れになりながらも完走して、大喝采を浴びたスリランカのカルナナンダ選手の上を行って、世界のヒーローだぜ!今なら芸能界デビューくらいは!と考えたマラソン代表の渡辺電機(株)さんは、スタートから肉眼ではわからないほどの超低速で、観客席に広がるどよめきも構わず、ゆっくりゆっくりと歩を進めた。一昼夜経っても数歩しか動いておらず、オリンピックの会期もとうに終わり、閉会式の間もコース上でジワジワと進み続け、時は流れて2040年。すでに東京はこの国の首都ではなく、大地震と富士山噴火への不安から住む人もなく、かつてゴール地点のあった千駄ヶ谷も、見渡す限り無人の原野と化していた。2m近くの高さまで生い茂るススキの合間にちらちらと見える、蓬髪全裸の老人。生きているのか死んでいるのか、蜘蛛の巣をまとい、全身鳥の糞にまみれ、微動だにしないかと思われたその肉体は、ゆっくりゆっくりと、新国立競技場跡地のガレキの山へ、歩を進めていた。

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おじさんオーヴァードライヴ

「使い捨てのコンドームを売り出したら、いけんじゃね?!」自称発明家の渡辺電機(株)さんが新たな着想を胸に、小躍りしてドトールを飛び出して行く。「あばよ!もうこんなクソ安いコーヒーショップともおさらばだぜ!」また3、4日もすれば、特許庁で門前払いを食らってスゴスゴと舞い戻ってくるのだ。それまで、大富豪のステキな夢を。おやすみ…。

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宇宙猿人ゴリ

おめーもイチローの爪の垢でも煎じて飲めや!と罵倒されて閃いたアイディアが生み出した新商品、爪の垢グミキャンディは、爪の垢の食感と味をリアルに再現して空前のヒットとなったが、袋に印刷されたイチロー風のキャラクターが本人サイドと大リーグ機構から訴えられ、数億ドルの損賠賠償を請求されてビジネスは破綻、渋谷シリコンバレーに新築したばかりの自社ビルも、芦屋の豪邸も、現役女子アナの妻も家庭も手放して、一人寂しく故郷を離れ、あてもなく宇宙を旅して目についた、地球を必ず支配する。ラーよ攻撃せよ。そう、一概に悪の宇宙人といっても、人それぞれ因果を背負って生きているのである。

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昭和日本文學史

病床の正宗白鳥が、おれの目をじっと見上げながら、何か言いたげに口を動かす。奥様の方に目をやると、「聞いてやって下さい」とでも言うように、黙ってこちらに頷いて見せて、目を伏せる。枕元に座り直し、正宗の口元に耳を近づけ、じっと聞き入る。声のない、息遣いだけの言葉が、はっきりと聞こえた。「トイレ清掃員がオシッコごっくん!清掃中のトイレに駆け込んでチ○ポを出すと、美人清掃員がまさかのガン見!よほどの欲求不満なのか巨根でもない、勃起すらしていない僕のフニャチンに奇跡の発情!当然、飲尿もしてくれました」この、昭和日本の自然主義文学に大きな足跡を残した作家が死の床で発した言葉が、50年後のアダルトヴィデオ界に多大な影響を与えると、その時誰が予想し得たであろうか。

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弥勒

亀田4兄弟の中で誰が一番強いのかという話になり、そらやっぱ兄貴やろと長兄興毅を立てたが、兄は「いや、電毅もなかなかやで」とニヤリ、しゃくれたアゴをさらにしゃくって、こちらを指し示す。下の誰かとなれば、残りの2人とりわけ末弟の知毅が黙っていない。「ほな電にい、おれと勝負しよか」笑顔ながらも、早くも目が据わっている。大毅はとみると、興味ないよと言いたげに、ティーカップを手にじっと目を閉じて、何ごとか考えている。我々兄弟のこのいつもながらの光景も、いつかは終わる日が来るのだろうか。見渡す限りガレキの山となった無人の東京の荒野にポツンと立った円卓を囲んで、アフタヌーンティーを楽しむ4兄弟。東の地平線からゆっくりと、暗黒の馬頭星雲が空を覆い始めていた。

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東京イズノットバーニング

 仕事上がりのおやつにと思って大事にとっておいたカツオノエボシの砂糖漬けが、袋に穴が空いていたのか、びっしりとアリにたかられていた。怒りで目の前が真っ赤になり、♪何が日本の象徴だ!何もしねえでふざけんな!と、亞無亞危異の歌を絶叫してふと我に返り、今考えてみれば24時間拘束で一切の自由がなく、公式行事にほぼ毎日駆り出されるあの生活の、どこが「何もしねえ」と言えるのかと、いたたまれない気持ちになった。もうおれ、あの歌うたえへんわ…。いつになく弱気になった渡辺電機(株)さんを囲む亞無亞危異のメンバーたちも、話を聞いて一様に涙を流し、これからは感謝の気持ちを歌にしていこうと誓い合ったが、翌日関東を襲った大地震で、すべては灰燼に帰し、渡辺電機(株)さんの行方もわからない。

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