渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

黄泉の国のスヴェンソン

やくみつる邸の庭のテラスの丸テーブルに、甘いクッキーの香りが広がる。トポトポトポと注がれるアップルティーから昇る湯気。電機さんにはちょっと熱いかな。そういうと、みつるは可愛らしいカップから一口ふくみ、「ん」と唇をすぼめて差し出した。一瞬、甘美な口移しの感触を想い、つられて唇を重ねそうになったが、すんでのところで己の太ももをフォークで一突き、絶叫とともに立ち上がる。見回すと、そこはやくみつる邸ではなく、薄暗くはるか地平線まで大小の岩が転がった、河原だった。周囲には何本もの卒塔婆が立ち、石が積み上げられ、真っ暗な川のむこうから、おいでよ、おいでよと繰り返す、やくみつるの呼び声が、遠くかすかに響いていた。

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鳥を見た

生まれて初めて乗る東海道新幹線。ホームに列があるのにも気づかず、開いたドアに駆け込もうとして駅員にたしなめられ、順番が来るまでそわそわ落ち着きなく何度も車内を覗き込み、順番が来ると同時に脱兎の勢いで駆け込んで、歓声を上げて窓側の席を確保した渡辺電機(株)さんだが、自分の席からは富士山が見えないらしいことに気づくと、シクシクと泣き始め、やがて聞えよがしに号泣しはじめた。富士山が見たいよう。周囲の客が誰一人気に留める気配も無いので、泣きまねを続けながら辺りを見回すと、満員の乗客は全員、人間の体に鳥類の頭部が乗った、鳥人間だった。隣席の男が残忍そうに光るクチバシを開き、小さくクケーと声を漏らす。不明瞭だがたしかな声で「静かに」と言っているのが、わかった。やがて列車はゆっくりと動き出した。誰一人声を立てることもない車内に、渡辺電機(株)さんの動悸の音だけが、やけに大きく響いた。

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少年漫画の夢

その昔、同人誌即売会でプティ・アンジェのエロ同人誌を売っていたおれに名刺を差し出し、見どころがあるから一度編集部に遊びにいらっしゃいと声をかけてくれた講談社の阿部さん、今では社内でずいんぶん偉くなられているとのこと。偉いさんの鶴の一声で連載が決まるなんてのはよくあることで、渡りに船とばかりに、20年前に唯一商業誌に連載した4コマ「玉抜き!ポコチン娘」の茶色く変色したゲラ刷りを手に、それこそ四半世紀以上ぶりに、地下鉄有楽町線の護国寺駅に降り立った。夢のような音楽に誘われて階段を上がると、街は一面極彩色の遊戯施設があふれ、大きな着ぐるみのどうぶつたちが、子どもたちに風船やキャンデーを配っていた。阿部さん、これがあなたの夢見たまんがの未来だったのですね…。ひときわ大きな白い着ぐるみが、風船を手に可愛らしい仕草でおれに近づいてきた。風船を受け取るときにはもう、それが横綱白鵬であることに気がついていた。

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昭和文壇交遊録

東京會舘で文士の集いに出席。佐藤春夫、高見順らと文學談義に花を咲かせる内に、別室から聞こえる声高な放歌高吟、馬鹿笑いが気になって仕方がない。ボイを呼びつけ、静かにしてもらえないかねと尋ねると、何でも「ヱスエフ作家倶楽部」とかいう三文文士の集まりで、毎度ゝゝの馬鹿騒ぎで、当館としても困っているとの由。ならば話が早い、文壇の重鎮としてこの私がひとこと言ってやろうと立ち上がった。廊下に出てみると、隣の騒ぎは盛り上がりを増してをり、破廉恥な歌声が通路の天井に響き渡るほどだった。咳払いをひとつ、ステッキで扉をノックする。返事を待たず扉を押して中に足を踏み入れると、無人の室内は暗く静まり返り、中央に置かれた座布団の上に、大きな影があぐらをかいて座っていた。遅かったな、電機さん。慌てて結界を張ったが、後の祭り。またしても白鵬に捕まったおれは、延々と朝まで続く猛稽古で泥まみれになり、お土産の横綱の四股名染め抜きの浴衣と部屋特製ちゃんこセット、湯呑みを持たされ、逃げるように早朝の両国の街を後にした。また、強くなってしまった…。

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センチメントの季節

池にビッシリ産み付けられたガマガエルのタマゴ、食おう食おうと思ってズルズル日が経って、けっきょく全部オタマになっちゃったのがまた美味そうなので、西友で味ぽん5本買ってきて池にドボドボ注ぎ込み、くちばしを池の水に突っ込んでズババーッとすすり込んでみたらンマいのなんの!ヌルヌルぴちぴちの喉越しがタマンないね!などとモノスゴイ早口でまくし立てる渡辺電機(株)さんを前に、民進党の蓮舫党首は、次第に作り笑いをこわばらせ、どう話を切り上げたものか思案しながら、救いを求めるように周囲を見回した。いつの間にか党員やセキュリティの姿はなく、墓場にいるのは、蓮舫と渡辺電機(株)さんの二人だけになっていた。その渡辺電機(株)さんも、興奮冷めやらぬ様子で高速でまくしたてる言葉がすでに意味をなさず、ついにはクケーと甲高い怪鳥音を発し、ばさばさと何処かへ飛び去ってしまった。呆然と立ちすくむ蓮舫党首の姿が、荒れ果てた墓場にしのびよる夕闇に、ゆっくりと溶け込んで行った。

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死の迷宮

高校時代の同級だった川上が熊本に帰ってきたというので、さっそく昔のなじみの喫茶店で待ち合わせ。きたきた、懐かしい顔。変わってない。よう、ホラッチョ!おれの呼びかけに、なぜか川上はムッとしているようだ。なんだよ、昔よくそう呼んでたじゃねえか。知らん。仮にも打撃の神様と呼ばれたこのわしを、ホラッチョとは失礼千万!ひゃあ、川上ちがいじゃねえか!こりゃドえらい失礼をば。イーヤ許さん、グラブを持って表に出ろ!こうして始まった地獄の千本ノック。やられる方も大変だが、やる方も大変だ。終わる頃には、二人は師弟関係の熱い絆で結ばれてるって寸法よ。いつもこの手で選手をスカウトしてるんすか、監督。帰途のバスの中、おれの問いかけに素知らぬ顔の川上監督。振り返ると、後ろの座席で長嶋、王、土井、柴田、黒江、堀内、森ら選手たちが、そっと小さく挙手している。きったねえー監督!おれの叫びに監督も破顔一笑、バスは笑い声に包まれた。チーム一丸、今年も優勝あるのみ!がんばろう。

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鬼の棲む街

泣く子はいねがー!フルチンで鬼の面をかぶり、新聞紙で作った金棒をふりまわして、宮城野部屋の稽古場に乱入してきた渡辺電機(株)さんを、力士たちは当惑して迎え入れた。がおー、鬼じゃー!仕方なく怖がるふりをしつつ、稽古土俵を占領され、どうしたものかと顔を見合わせているところへ、主役が起きてきた。どうした。横綱、電機さんっす。ああ。隅の方でやらせとけ。疲れたら、ちゃんこでも食わせてやってくれ。そのまま浴衣を脱ぎ、静かに四股を踏み始めた白鵬に促されるように、稽古場は再び活気を取り戻して行く。しばらく力士たちの間を走り回り暴れていた渡辺電機(株)さんは、誰も相手にしてくれないと知り、やがて四股を踏み続ける横綱に駆け寄った。がおー!泣く子はいねがー!ゆっくりと振り向いて見下ろした横綱が、無表情からおどけた顔に変わり、「ひゃぁーごめんなさいー」と泣き真似をしてみせる。満足気に笑う渡辺電機(株)さんの頭をポンポンと撫でると、横綱は再び四股に没頭し始めた。後年、ブラジルに渡りナメクジ養殖で大成功を果たす渡辺電機(株)さんだが、この日のことは終生忘れることがなかったという。

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