NHKのど自慢で場内の失笑を買い、一瞬で鐘一つに終わり、ゲストの北島三郎をして苦虫を噛み潰した顔で「放送事故だ」と言わしめた渡辺電機(株)さんは、さんざん出演を自慢して村からやって来た手前、どの面下げていまさら帰れるのかと、それきり放浪の旅へ出て村へは戻らなかった。それから十年。スイスの山間で羊飼いとして暮らしていた渡辺電機(株)さんに、日本から小包が届いた。差出人は、あの北島三郎であった。梱包を解いて箱を開けると、マイクとともに中にはいっていた血まみれの耳は、まぎれもなく北島本人のものであった。身をもって、危険が迫っていることを知らせてくれたのだ。おそらく、もう北島の命は…。と、下男のハンスが血相変えて飛び込んできた。だんな様、羊が一頭残らず殺されてるだ！時を刻む掛け時計の音が、やけに大きく響いた。
