渡辺くん、ここ見開きで新宿副都心。手前のキャラが振り向いたら、こうパッと視界が開ける感じ。描けるかな？入ったばかりの新人アシスタントがビビるのを承知の上で、いつもの意地悪を仕掛ける吉池チーフから真っ白な原稿用紙を受取り、渡辺電機(株)さんは満面の笑みを輝かせて、言い放つ。私、失敗しませんので。お、おう。じゃあ任せたよ…。思わぬ自信満々の反応に虚を突かれ自分の席に戻った吉池チーフの言葉を、渡辺電機(株)さんは、全く聞いていなかった。最初から、気が狂っていたのである。その日１日かけて渡辺電機(株)さんが描き込んだ、画面いっぱいの江戸の街でオオアリクイの群衆がええじゃないか踊りに狂乱し、鎮圧しようと十手を振りかざす手足の生えたオロナミンＣ軍団と衝突する細密画は、もはや書き直す時間もないまま少年サンデーに掲載され、結果的に石ノ森の作家生命を縮めることになった。偉大な作家の経歴に傷をつけた渡辺電機(株)さんのその後は、よく分かっていない。だが問題の背景は、当時の書籍版「仮面ライダーBlack」６巻「うなぎの寝床の章」にて、確認することができる。
