PREPPY KICKS

かつて渋谷系のプリンスと謳われた渡辺電機(株)さんも往年の面影はなく、ねずみ色のマッシュルームカットの頭頂部は丸く大きく禿げ上がり、よれよれのボーダーシャツに穴だらけの黒ずんだオーバーオールで、凡そポップさとかけ離れた垢まみれの悪臭を放つ老人と化していた。そんな渡辺電機(株)さんが、皇居の園遊会で二十数年ぶりにギターを手に唄を披露するという。長年に及ぶ路上生活で、かつてのコケティッシュで艶のある美声はすでに失われたが、路上生活の貧困と苦難への恨みを込めたしわがれ声は、人生に疲れ切った男の滋味を存分に発揮して、まさに大人のシティ・ミュージックを奏でるであろう。ああ、明日の園遊会がたのしみだなあ。そう言ってねぐらの中で丸くなり、幸せそうに目をつぶる渡辺電機(株)さん。これまで何十年と続けてきたように、夜が明ければ何もかもすっかり忘れて、いつもどおりの孤独で貧乏な日常が、待っている。そして、眠る前にはまた、明日の園遊会の妄想に耽るのだ。毎日毎日、命の灯が燃え尽きるその日まで…。

角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年 (単行本)