かわうそ

獺鍋を食べる催しが開かれるという神楽坂の旅館を訪ねたのは、指定された深夜の二時のことだった。呼び鈴に応じて出てきたのは大きめの三角巾の陰になって貌の見えない女中で、鞄を受取り、皆様お待ちですとだけ言うと、くるりと背を向け廊下の暗闇の中へ音もなく歩み去っていく。慌てて追いかける鼻先に、強烈な獣の匂いがした。漱石先生を待たせてしまったのかな。背中越しに話しかけると、もうとっくにお着きになり、たらふく召し上がられましてよ、と言ってひひっと笑う毛むくじゃらの横貌から、長い舌がべろりと顎の下まで垂れ下がり、よだれの糸が伝い落ちる。突如、懐のスマホーが震え、鋭いメール着信音を発した。女はきゃっと声のない悲鳴をあげて飛び上がり、床を這ってモノスゴい速さで奥の間へ逃げ込んで仕舞った。なまぐさい獣の匂いに混じる人間の血の匂いを嗅ぎ分け、私も耳まで裂けた口をあけて舌なめずりした。メールはどうせ、定時の報告だ。四つん這いになり、はぁはぁと奥の間へ急いだ。

このDVDのおまけCDも昔ながらのミニサイズなので、トレー式でないPCに突っ込んで泣く例が起きているかもしれませんね。13年前のおれのように…。

谷岡ヤスジのメッタメタガキ道講座 [DVD]