渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

ドリフター

監獄島のうどん工場の重労働に耐えかねて逃げ出したのは38歳の頃だが、瀬戸内海を泳いで渡るような無茶、よくやったものだと思う。あのまま死国で奴隷を続けるくらいなら溺死した方がマシだと思い詰め、夜の海に飛び込んだのだ。あれから25年、今日は、漫画家として成功して初めてのサイン会。楽屋に届けられた花束や菓子折りに混じって、どんぶりに入った茹でたてのうどんが置かれている。追っ手が迫っている事を知ったおれは、名声も仕事も捨てる覚悟を決め、楽屋の窓から夜の闇へ駈け出した。「逃さねえよ」幾筋ものサーチライトに捉えられ立ち往生したおれに向かって、ゆっくり歩み寄る大きな影。白鵬だった。手に持った熱々のぶっかけおろしうどんから、柚子の爽やかな香りが、漂ってきた。