さよなら人類

ギブミーチューインガム！ギブミーチョコレート！米兵に群がる日本人の子供たちの中に、一人だけ異彩を放つ小太りの髷を結った渡辺電機(株)さんが、ギブミーポルノ！ギブミーノーカット！と、涙声で絶叫しながら、小ぶりのちんぽを振り振り、進駐軍のジープに追いすがった。オゥノー、イッツソーテリブル。ハンドルを握る黒人兵が肩をすくめて首を振り、スピードを上げる。やがて渡辺電機(株)さんは水たまりに足をとられ、あんっと悲鳴を上げ、ぬかるみの中に倒れた。子供たちの嘲笑を浴びながら、全身泥だらけで起き上がった渡辺電機(株)さんの顔は、ドス黒い怒りで燃えていた。ナメくさってアメ公がッ！この屈辱、終生忘れぬぞ！この一念で渡辺電機(株)さんは戦後の混乱期をたくましく生き抜き、アメリカ製のポップスがチャートを席巻する中にあっても、プレスリー何するものぞ、ボンジョビ何するものぞと、日本人のなにくそ精神で対抗した。その長年の成果である、集めに集めたどんぐり三万個をユニセフに寄付しようとしてキッパリ断られた時、もう渡辺電機(株)さんには現世にとどまる意味はなかった。さよなら、ニッポン…。巨大な宇宙ウツボの姿に戻った渡辺電機(株)さんは、大きな顎で地球を噛み砕くと、哀しげなゲップをひとつ、太陽系の直径にも及ぶ長い身体をくねらせて、ゆっくりと宇宙の彼方へ泳ぎ去って行った。

Palais Schaumburg (Deluxe Edition)