AV女優、黒木香のファンクラブに入っていた頃のこと。会員特典の目玉である「誕生日に本人からお祝いの電話」サービスを、渡辺電機(株)さんは何より楽しみにしていた。だが、その年の誕生日は「マンガ日本経済入門 5 〜世の中金や！金や！〜」の作業の追い込みで、石森プロに泊まり込み、とても帰るなどと言い出せる空気ではなかった。せっかく香さんとお話しする機会を…。目に涙をためて消しゴムをかける渡辺電機(株)さんの席の、内線が鳴った。受話器の奥で、事務室の村田さんの困惑気味の声。あのなんか、黒木香さんから電話なんだけど。アッ、さすがは香さん！ワザワザおれの居場所を自宅の親に聞いて、かけてくれたんだ！天にも登る気持ちでモシモシと呼びかけた受話器の向こうからは、予期していない野太い男の声が、得体の知れない異国の言葉をまくし立てた。あまりのショックに思わず切ってしまい、この30年思い出す事もなかったが、まさか横綱の仕業だったとは！しかもイタズラじゃなく、同一人物…？長い年月を経て、AV女優から横綱にまで上り詰めた努力の日々を思い、おれは静かにひざまづいて十字を切り、横綱の足の親指に接吻した。
