渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

泣いたらアカンで通天閣

コンビを組んで苦節十年、ついにM−1準決勝までコマを進めたおれたちは、審査員をアッと言わせる秘策を思いついた。過去に演じたネタ数十本を、限られた4分間の中に全て詰め込むという力技である。要点をかいつまむのではなく、ベシャリの速度を大幅に上げることで、全ての台詞を一言一句削ることなく4分に詰め込むのだ。ネタ一本に割り振られた時間はおよそ10秒。その中に平均約5分間程度のネタをギュウギュウに詰め込むのだから、もうテンポも間も関係ない。常人には聞き取れない、マシンガンを超えたチェンソーの如き猛烈な早口を、おれたちは本番直前まで徹底的に練習した。出番が近づき、呼びに来たADの妙に間延びした口調とゆっくりした歩調に苛立ちながら、おれたちは舞台裏にスタンバイした。レコードの回転数を間違えたかのような、恐ろしくゆっくりしたジングルに導かれてステージに飛び出すと、満員の会場は、まったくの無音だった。客席を見渡せば、客は全員笑顔を凍りつかせたまま動きを止めている。なんすかこれ、どっきりですか。司会の今田さんを振り返ると、今田さんもマイクを持って口を大きく開けたまま、凍りついていた。なんや、これやったら急ぐことあらへんな。おれたちは止まった時間の中で、一つ一つのネタを何度も何度も繰り返し、永遠に終わらない漫才を続けるのだった。

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