襟裳の春は何もない春ですとはよく言ったもので、本当にここまで何もないとは。第1回えりもコミックコンベンションのゲストオブオナーに選ばれ、開会のスピーチとサイン会をするためにワザワザ飛行機とバスと日高線を乗り継いでやってきた様似駅前には、駅前商店街どころか駅ビルも無く、辺りには街も住宅も道路も無く、山も海も川も、地面も空も宇宙空間も無く、ただ漆黒の闇に座標を示す無数の点線だけが明滅していた。あの歌は、こういうことだったのか。そう気づいて振り返ったが、もう乗ってきた列車も何も無く、おれは時間のない襟裳の虚無の中に、永遠に佇むことになったのである。