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渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

蜂のように刺す

かの偉大なボクサーの心臓は実は40年前に止まっていて、それからずっと体内に蓄えられた栄養のみで生きながらえていたという話は、ごく一部の関係者以外は誰も知らない。表向きパーキンソン病と称していたが、実際はすでに何十年も前から脳に情報が伝達されることもなく、いわばゾンビとして、外部刺激への反射だけで公的な場でそれらしく振る舞い続けたのだ。実は、火葬に付すにあたり、ご遺族にお願いして黄金の左拳の小指を切り取って、故人の形見として持ち帰らせてもらった。もちろん、長年好敵手として認め合った、おれと彼の間柄だったからこそ、特別に許された我儘だ。その小指を、きれいに洗ってホルマリンにつけて保存しようと先ほど取り出したところ、なんと切断面から真新しい肉芽組織が隆起し、血管がドクドクと脈動しているのが、はっきりと分かった。背筋に何とも言えない禍々しい不安が走り、おれは咄嗟に小指を叩き潰そうとハンマーを振り上げた。小指は、まさにあの現役時代を思わせる華麗なステップでハンマーをかわすと、ネズミのように素早く走り去り、キッチンのシンクの闇へ消えた。都内を中心に、国内の生態系が静かに秩序を失っていくのに、そう時間はかからなかった。