渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

復讐するは我にあり

山にこもってヒューマンビートボックスの腕を磨いていた渡辺電機(株)さんが、久々にトルコ風呂でスッキリしようと街へ降りて来たら、既にHBBのブームはおわっており、トルコ代を稼ぐため街角で披露しておひねりを得ようとしたところ「おめツバ飛ばしてんじゃねーよ」と通行人に面罵され、それで未練もなく綺麗サッパリ足を洗い、今では巣鴨のカルチャーセンターでお年寄りにヒップホップダンスを教えているが、予約をすっぽかされた吉原「トルコ姫御殿」従業員一同はこの恨みを決して忘れることはなく、ある朝、巣鴨の街にヒューマンビートボックスによる「静かな湖畔の森の影から」の輪唱が鳴り響いた。血の惨劇の、始まりだった…。

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ロックンロール・スター

ノエル、リアム、デンキのギャラガー三兄弟が中心となって結成されたロックバンド「オアシス」は確かな才能に恵まれていたものの、ステージ上で口から垂らしたそうめんの束を絶え間なく揺らし続ける末弟デンキの奇行が原因で人気は低迷し、2枚めのアルバムの発売後まもなく解散した。TVタレントに転じた次男リアムはそれなりの成功を収めたものの、バンドの失敗から心を病んだ長男ノエルはサンドイッチマン、トルコのボイ、レゲエダンサーなど夜の職を転々としながら、休みの日は部屋にこもって「ノエルよ、汝は帝王者である。全世界は汝の前に慴伏するであろう!」「人類の征服者、ノエルギャラガーを見よ!」などと書き散らした紙片に埋もれ、日々ゲラゲラ笑いながら暮らした。解散の原因となった三男のデンキは以後も変わらず奇行を続け、長年の積み重ねが認められ遂には平成五十年秋、天皇家の園遊会に招かれ、陛下に「奇行は骨が折れますか?」との労いの言葉を賜り、感激のあまり人目もはばからず泣き出してしまったという。オアシス解散から、三十年の時が流れていた。

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宇宙(そら)へ

食用コウガイビルの養殖業を営んで40年、上得意だった京都の創業250年の老舗料亭「睾雁」が食中毒騒ぎで店を畳んだことで、一気に窮地に立たされた渡辺電機(株)さんが、親友の横綱のはからいで、相撲部屋のちゃんこ番を集めたコウガイビル料理の講習会を開き、新たな大口顧客の獲得のチャンスを狙ったが、力士たちはコウガイビルの黒い色は黒星につながって縁起が悪いと口を揃え、大合唱のお前が食べろコールを巻き起こし、ついに渡辺電機(株)さんは力士たちの前でボール一杯の生のコウガイビル一気食いを強いられ、半狂乱で両国総合病院へ駆け込んだが、不思議と胃腸になんの問題もなく、それどころかコウガイビルのコラーゲンやビタミンDを大量摂取したことで肌ツヤと勃起力は10代のそれと遜色なくなり、動きは異常にすばやくコバエのように猛スピードで回転しながら高速移動し、加速がついてそのまま回転しながら上昇して行き、今でも成層圏で地球の周りを旋回しながら、事業の失敗を悔やみ嘆いているという。

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ハードボイルド

ヨウヨウ姐ちゃん、乗らない?年甲斐もなく真っ赤なネッカチーフにストライプのピチTでキメた渡辺電機(株)さんが、晴れた土曜午後の心斎橋の雑踏で四つん這いになり、道行く若い女性に声をかける。どうだい、イカスだろ?立てた親指で指し示す背中の座布団には、ルイヴィトンの紋様。おっかしいな、若けえ頃はコイツでどんなスケもイチコロだったんだが…。往年のプレイボーイも、寄る年波には勝てないのか。よう運ちゃん、大国町までやってんか。背後から掛けられた男の声に顔をしかめ、あほんだらタクシーちゃうど、ワラなめとんけ。そう言ってスゴんだが、声の主は意に介さず、渡辺電機(株)さんの背中の座布団にドッカと腰を下ろした。その瞬間、全てを思い出した。この背中に伝わるケツ肉の感触。ま、まさか…師匠?はて、なんのことかわからんな。それより大国町や。運ちゃん、急いでや。チップはずむさかいにな。聞き覚えのあるその声は明らかに、かつて渡辺電機(株)さんに破門を言い渡した関西落語会の重鎮、桂三枝その人だった。今まで苦労してきたんやな、ケツに伝わる背中の感触で、わかるで。おだやかな師匠の言葉に、一歩も進むこともできず嗚咽を漏らす渡辺電機(株)さんの背中に、じんわりとぬくもりが広がった。季節外れの蝉しぐれのような音を立て、ゆっくりと失禁する三枝を乗せたまま、むせかえる尿臭と湯気の立ち込める中、いつまでも泣きじゃくる渡辺電機(株)さんだった。

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マシンガンエチケット

渋谷のハロウィンにまぎれて自販機の釣り銭を漁っていたら終電に遅れてしまったので、渋谷から西荻まで徒歩で帰ったら、身体は冷え切ってるのに汗びっしょり、こりゃたまらんぞと荻窪駅前の健康ランドに立ち寄り、サッパリついでに一眠りしましょうということになり、さっそくビルの裏に回って排気口から潜入、湯気でもうもうのダクトを四つん這いに進んで転がり落ちた先が、女湯の大浴場。よりによってまっ黄色のピカチュウのコスプレをしていたので、ババアから女児まで全裸の女たちがキャー可愛いと殺到してくる中を、バレたら人生が終わるので、ただただ逃げた。逃げたが、女たちの歓声の中に聞き覚えのある声が混じっているので振り返ってよく見たら、女装した安倍総理がまぎれ込んでいた。おめーバレたらヤバイどころの騒ぎじゃねえだろう。結局バレた二人は背後から洗面器やセッケンを投げつけられながら、手に手を取って夜明けの荻窪の街を逃げたでゲスよ…。

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アイスマン

氷河に落ちて3万年間眠り続けた渡辺電機(株)さんが地球の雪解けすなわち温暖化によるこの世の破滅に呼応して目覚めて街へ降りると既にそこは焦熱の廃墟と化しており人どころか生き物の気配すらなかった。ただ一人、やくみつるを除いては…。憎まれっ子世にはばかるって言うけどよ、何も人類滅亡の後まで長生きしなくてもイイんじゃないすか。そう声をかけた渡辺電機(株)さんに対し、あんたどこの局の人?コメントならマネージャー通して。あくまでも高飛車なやくに呆れると同時に、3万年を経てなお変わらない傲慢さが、嬉しくもあった。渡辺電機(株)さんとやくみつるは、たった二人の生物として、焦熱地獄の地球上でいつまでも仲良く暮らしたという。

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太陽のない街

蟹工船の同窓会の通知が来たので、クロゼットから当時の作業着を引っ張り出して、久々に着てみる。90年ぶりにも関わらず、ぴったりフィット。動きやすさと磯臭さが、オホーツク海で過ごした往時をなつかしく思い出させる。みんな、どうしているのか。ほぼ定刻通りに、会場の一橋学士会館入り。よう、と明るい声で背後から肩を叩く者あり、振り返ると、今風のマーク・ボラン風グラムファッションに身を包んだ、鬼浅こと現場監督の浅川が颯爽と肩で風を切り、おれの横をすり抜けて、エントランスを突っ切って行く後ろ姿が見えた。変わんないな、あの人も。ざわめく会場内を行き来する、思い思いの仮装に身を包んだ参加者たちの見分けがつかず、ビールの紙コップを手にぼんやり佇んでいると、突如照明が落ちてエルガーの行進曲「威風堂々」が響き渡った。作者・小林多喜二先生の入場です!とのアナウンスに導かれ、銅鑼や鐘太鼓を打ち鳴らす魑魅魍魎の群れに担ぎ上げられた極彩色の神輿が、現れた。神輿の上に仁王立ちして、場内にキャンディーを振り撒いている、一見明治大正の文豪ふうの大男は、どう見ても横綱の変装だった。

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