渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

怪獣おじさん

近所の学校の子供達に「怪獣博士」と呼ばれ、いつも児童公園の砂場で、給食の残りやアイスと引き換えに怪獣に関する知識を披露し、時には質問に答え、気が向いたら実際に怪獣の動きを実演してみせたり、子どもをウルトラマンに見立てて取っ組み合いを披露し、怪獣毎の攻略法などを伝授していた渡辺電機(株)さんだが、子どもたちの親の行動は素早かった。近隣住民と消防団、警察による山狩りに追われ、警察犬に追いつめられた絶壁から奥入瀬渓流に身を投げ、今では十和田湖のヌシとなり、養殖のヒメマスを食い荒らして地元経済に深刻な打撃を与えているという。そんな暮らしの中でも1日1枚のノルマをこなして漫画家を続けたというから、やはり根っからの作家だったのであろう。今ではすっかり忘れられた作家だが、かつて怪獣ごっこに興じた子どもたちが今では、政治や経済、文化の各分野において日本の中枢を担う重職に就き、電機イズムを継承しているのだ…。

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谷底に生きる

ぼく、げろを吐いちゃったよ。そう言ってべそをかくスニフの後頭部にゴツンと銃口を当てたムーミンは、スニフが何か言おうとするのをかまわず、頭部を吹き飛ばした。おれの神聖なムーミン谷を、きたねえげろで汚しやがって。けだものが。あんただってけだものじゃねえか、そう言いたいのを飲み込んで、スノークとじゃこうねずみは、黙ってスニフの死体とげろを運び出した。ニョロニョロの群生の中に放り込まれた死体が、みるみる彼らに覆い尽くされ養分を吸い取られていくのを見ながら、スノークが無感動な声で呟く。おれたちも、いつかこいつみたいに殺されちまうのかな。かつて妹を犯され殺されても、怒る気力すらなく黙って死体の始末を手伝ったスノークを、じゃこうねずみは軽蔑する気にはなれなかった。彼自身、逃げるチャンスはいくらでもあったはずなのに、もうその気力もないのだ。おれたちみんな、ムーミンの気まぐれで生かされてるようなもんだな…。これはもう、死んでいるのと変わらないのではないか。黙って見上げた月が、鬼の顔で嗤っている。おおい酒だ!ムーミンの怒声と、ものが砕け散る音。弾かれたように駆け足で戻って行く2人の背後で、死体を消化しきったニョロニョロが濡れた音を立て、分裂増殖を始めていた。

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黒い絨毯の恐怖

深夜の宮城野部屋。稽古場の土俵の砂に大量の砂糖をまぶして、ドス黒い笑いを浮かべる渡辺電機(株)さん。明日ぶつかり稽古でゴロゴロ転がった横綱が、砂糖まみれでベトベトだ!アリに喰われて骨も残さず逝っちまえよ、ざまあみやがれッ!まもなく始まった早朝げいこを上がり座敷でファンに混じってじっと見つめていた渡辺電機(株)さんは、やがて砂糖まみれの揚げパンのようになった横綱の身体に食欲を抑えきれず、やわらかそうな二の腕にしゃぶりついた。お相撲さんの腕、ぷっくり太ってて柔らかそうでしょ。でもあれ、筋肉でパッキパキに固くて歯が立たないですよ。そう言って、歯のない口でヒャヒャヒャと笑った渡辺電機(株)さんは、横綱の二の腕に刺さったまま一列に並ぶ自分の前歯を、名残惜しそうに見つめていた。不思議と、怒りは湧いてこなかった。

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詠時感〜時へのロマン

白装束で背中に古い柱時計を背負い、「時の行者」を名乗って村に現れた渡辺電機(株)さんを、村人たちは未来からやってきた預言者さまじゃと崇めたてまつり、日照り続きで不作の日々にもかかわらず貴重な食べ物や酒、村一番の器量良しの娘をあてがい、もてなした。意地汚く飲み食いし、娘の膝枕でブドウを食わせてもらい、好色な顔つきで尻を撫でる渡辺電機(株)さんの前に村人たちが行儀よく座り、渡辺電機(株)さんの予言を今か今かと待ち構えていると、渡辺電機(株)さんはさめざめと泣き続ける娘の太ももから起き上がり、お告げじゃッと甲高い声で叫んだ。安心するが良い。やがて雨が降り、田畑は潤い、川には魚が上り、山からは金、土からは千両箱が掘り出され、この村は巨万の富を得てみな幸せになるであろうぞ。涙を流して歓声を上げ、ひれ伏して感謝の言葉を述べる村人たちに、渡辺電機(株)さんの高笑い。ただし500年後にな!それまでは艱難辛苦のゴミムシの暮らしじゃ!イーッヒッヒッヒ!そして傍らの柱時計を一振り。ボーンと時を告げる鐘の音が鳴り響くと、そこにはもう渡辺電機(株)さんの影も形も、きれいさっぱり消え失せていた。

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収容所惑星

キチガイ病院の看守の仕事はあまりに退屈で、今日もネットの動画をボンヤリ観ながらコメント欄にWWWWWWWWWを連打し続けていた渡辺電機(株)さんが、外が騒がしいのに気付いて窓の外を見ると、いつのまにか患者たちが鍵を壊して脱走し、奇声を発して6本足でそこらじゅうを走り回っている。これは、油断したな。このまま放っておけば、いつも電撃棒で虐められて恨みを抱いている彼らが渡辺電機(株)さんを襲うのは必然。取るべき道は、上に報告して鎮圧してもらい、自分は裁判にかけられるか。もうひとつは、門を開放して城下にキチガイどもを放ち、そのスキに自分だけ地球に逃げるか。そんなもん自分の命が惜しいに決まっており、躊躇なく城門を開くコマンドを打ち込もうとしたタブレットPCは、画面一杯に病床の桂歌丸師匠の顔のアップが映っており、哀しげな顔で渡辺電機(株)さんを見つめていた。

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平和のポンチャック・ディスコ

旧制高校に通っていたころの渡辺電機(株)さんは、肌身離さず岩波文庫のギョーデル「疫魔交響曲」を持ち歩き、インテリを気取っていた。しばしば級友の前で中の一節をそらんじて見せては悦に入っていたが、戦争が始まって敵性文学として海外の作品が禁じられると風当たりが強くなり、ある日の午後に教室にやって来た憲兵に連れて行かれ、二度と学校には戻ってこなかった。誰もが、苛烈な拷問の末に人知れず死んでしまったのだろうと諦めていたが、終戦から9年目の大晦日の紅白歌合戦のステージに突然現れた渡辺電機(株)さんを見て、人々は我が目を疑うことになる。渡辺電機(株)さんはカシオトーンを弾く盲目の韓国人と組み、フリッパーズ・ギターと名乗っていた。

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大人の流儀

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのデビュー前の有名なデモ音源、ジョン・ケイルのアパートメントで録音された、世にいう「ノーマン・ドルフ・アセテート」の一曲目「ユーロピアン・サン」には、演奏の背後で日本語で「おしっこもれちゃうよう」と泣く声が入っていることで知られている。この件に関する質問を受けるとルー・リードが極端に不機嫌になることもあり、この声の主は長年、謎とされていたが、近年では関係者の証言により、漫画家の渡辺電機(株)さんの声であることが定説となっている。などと、もっともらしい口調で嘘ばかり言っていたら、少年キャプテン編集部の田山さんに「常識だよねみたいな口調で言えば何でも通ると思ったら大間違いですよ」と冷静に怒られたのは、今から24年も前のことなのだ。気が遠くなるような、長い時が流れてしまった…。

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