幻のマンガ家、渡辺電機(株)さんが唯一度サイン会を開いたことがあるという、大湊線の陸奥横浜駅前にあるコミック専門の小さな書店「下北書林」を訪ねて、店主の酒井勝さんにお話を伺った。渡辺電機(株)さんの名前を出すと酒井さんは途端に不機嫌になり、一度出してくれた南部せんべいを引っ込め、背中を向けて押し黙ってしまった。黒酢鼻責めの拷問で問い詰めた処、サイン会は近所のマタギや三沢の米軍兵士で賑わったものの、渡辺電機(株)さんは帰り際にショーケースに入っていた、オリジナル版「ミミズク通信」や「ジンクスちゃん」「ノーパンパニック」「侵略ガニ」「きちがい料理」等の稀覯本を、根こそぎ万引きして行ったという。本当だな。はい、早く、早く鼻の穴を洗わせて…。あの時、言ったよな。このことを誰かに喋ったら、命は無いと…。??ででで、電機さんッ!ちちちがうんですこれはっっッ!店主の鼻の穴に、さらに大量の黒酢が注ぎ込まれる。むせて窒息死するか、黒酢効果で健康になってしまうか、2つに1つの真剣勝負が、始まった…。
続きを読む雪の夜のKISS
トントントン、今晩泊めてくださいな。あんれまあ、こんな雪の夜に、誰だっぺ。木戸を開けた渡辺電機(株)さんの前に立っていたのは、KISSのメンバー4人でした。こんな雪の中を、そんな化粧して、甲冑つけて、バカみたいなブーツ履いて、重いギター持って、歩いてくるバカがいるかよ!正体表わせよ!そう罵倒しましたが、4人は日本語がわからず、困惑して顔を見合わせるばかり。片目に星を描いた男が、もし良ければサイン入りのレコードをプレゼントするし、楽屋にも招待したいと申し出ていることが、理解できる程度には英語力のあった渡辺電機(株)さんは、渋々彼らを招き入れながらも、もののけに化かされているのか、あるいは横綱の陰謀かと、警戒していました。メンバーが疲れ切った様子でメイクを落としシャワーを浴び、すっかり老いたアメリカ人に戻り、ぐっすり寝入ってしまった頃、やっと渡辺電機(株)さんも、彼らのことを信じ始めていました。そして夜が明け、KISSの4人は礼を言いながらキャデラックで帰っていきました。それから30余年、サイン入りのレコードが届くのを待ち続けた渡辺電機(株)さんは、誰に看取られることもなく、寂しくこの世を去りました。でも、あの奇跡の一夜が、彼の晩年にたったひとつの暖かな希望の光を灯したのです。すみません、自分で何を書いているのかよくわからないまま、終わります。めし食ってきます。
続きを読む白鯨モビィ・ディック
土佐の男の心意気、見せたるぜよ!モリを片手にふんどし一丁で水中に飛び込んで行った渡辺電機(株)さんは、やがて手足をバタバタさせながら浮かび上がり、たぁすけてくれえと悲鳴を上げた。おいら、カナヅチなんだ!!だが、かつて俳優・石坂浩二が所有していたというそのプールでは、今まさにアダルトヴィデオ作品の撮影が行われており、作業を中断させられた撮影クルーはカンカンに怒って、撮影用の電マやローション、コンドームを手に、泣きながらプールサイドを逃げまどう渡辺電機(株)さんを追いかけ回した。次第にフェードインしてくる、YMO「キミに、胸キュン。」のメロディ。流れるスタッフロール。やがて浮かび上がる、また来週の文字。
続きを読む妖怪歳時記
ジャラジャラ、小豆を研ごうか、人を獲って喰おうか…。北海道は白老町、ボンアヨロ川の河原でアズキを洗っていた渡辺電機(株)さんだが、ヒグマの親子がばしゃばしゃ水しぶきを上げて向こう岸から近づいてきたので、半狂乱で泣きわめきながら、四つん這いで逃げ出した。さいわい、クマの目当ては小豆で、渡辺電機(株)さんを追ってくることは無かったが、不用心に野外でおばけの真似事などするから、こんな怖い思いをすることになる。やっぱり北海道の自然、ナメちゃいけないね!そう言って美味そうにレモンサワーを飲み干す渡辺電機(株)さんだったが、カウンターの中の大将がウフフフッとくぐもった笑い声を上げたかと思うと、明かりが消えた。居酒屋のカウンターと思われたそこは、先程の河原だった。夜の闇にせせらぎの音だけが響き、口の中には動物の尿の味が広がった。
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