渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

孤独の影

初めてアダルトDVDを見た時は、そこに実物の女がいるものと信じ込んで、何度も液晶モニターの裏側を覗き込んでは首を傾げていた渡辺電機(株)さん。今ではすっかり悪ズレしたというか、腕組みをしたままで、これモザイクかけるのって結構センスがいるんだよね、などとしたり顔で、人々をイラつかせる。自宅でのんびりエロビを楽しんでいたら、突然背後に現れたおっさんに利いた風な口をきかれては、たまったものではない。いいから誰なんだよ、おめえは。下半身丸出しのままで怒る男に、渡辺電機(株)さんはくぐもった声でウフフフッと笑いかけ、すぅっと背後の壁の中へ溶け込んでしまった。没後20年、今もアダルトヴィデオの楽しみが忘れられず、この世をさまよう孤独な魂。もう、生前の彼を知る者もいない。

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紅葉饅頭

剛力彩芽の本名が「業力殺め」だと知った時、既におれの両足は宙に浮き、地面を求めて虚しくバタバタともがいていた。人差指と親指で軽くおれの頭をつまみ上げ、剛力は冷酷な笑みを浮かべた。さんまさん、こいつまじ殺っちゃっていいんですか。ええがなええがな、芸人なんて吉本にぎょうさんおるさかい。スタッフの爆笑と、カンペに殴り書きされた「2,3回床に叩きつけてから」の文字。お笑いに命を賭けますとさんまに約束することで、やっと吉本への復帰を許されたけど、まさかゲストの女優さんに殺されるとは思わなんだなァ…。と、不意に頭をつまむ指先の力が抜け、おれが床に尻餅をつくと同時に、崩れ落ちる剛力。背後に仁王立ちする巨大な犬のきぐるみの手には、血まみれのバールが握られていた。洋七、しっかりせんかい。その声は洋八、おまえ生きとったんか。お前を置いて地獄になんか行けるかい。わしらコンビやないか。ほな、いこか。失禁しながら四つん這いで命乞いをするさんまを、おれたちコンビは原型を留めない挽肉になるまで殴り続けた。呆然と肩で息をするおれたちを囲むスタッフの間から、賞賛の拍手が沸き起こる。おめでとうございます、来週からこの枠は、貴方たちの番組です。そうや。これがおれたちの新しい芸能人生の、スタートなんや。目を開けると、白い部屋の壁と、拘束衣に包まれた自分の体が見える。それでもおれは、カムバックの歓びに胸をおどらせ、いつまでもけたたましく笑い続けた。

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行け!おすもうさん

稽古総見をサボった稀勢の里に代わって、このおれが理事長のお気に入りになるチャンス!土俵を見下ろす座敷の中央に座り、苦虫を噛み潰す八角理事長の下へ、揉み手をしながらスススと近寄る。お疲れッスと頭を下げ、ペプシのペットボトルを差し出しながら、囁く。稀勢の野郎、とんでもねえ喰わせモンでゲスな。ねえ理事長、あっしならバッチシ、たとえ親兄弟が死んだって稽古総見を優先しやすぜ。受け取ったペプシをしげしげと眺めていた理事長が、ジロリとおれを睨みつける。いや、横綱を悪く言う気はねえんです。でも理事長がナメられてるとあっちゃ、ご尊敬申し上げるあっしとしても…。誰、あんた。こちらの仕掛けるファンタジーに一切乗ってこない理事長は、どこまでもリアルだった。警察を呼ばれることもなく「イタいファン」として手際よく追い出されたおれは、地元の西友で冷凍パスタとミニトマト、ツナ缶、ペプシを買い、家に帰ってPCでぼんやりネットを見ていたら夜になったので、パスタとトマトを食い、ペプシを飲んで、寝た。翌朝、腕のしびれで目覚めると、おれの腕枕でスヤスヤ眠る裸の八角理事長が、そこにいた。

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幕末太陽傳

寝起きドッキリのロケで三条の池田屋を訪ねたら、ドッキリどころか血の海で誰もいないので、急遽ロケは中断。いったんタレントさんはロケバスで待機していただいて、誰か代わりの志士を手配するため、夜の京の街を奔走することになった。こういう企画にノリノリで応じてくれるのは新選組なのだが、池田屋の前に芹沢局長をドッキリにかける予定が暗殺されてポシャっており、どうにもツキがない。デレクター、このホテルの宿帳に書いたある名前、これ坂本龍馬の偽名ちゃいますか。あ、ほんまや。そういえば木屋町のどこかいう噂やし、間違いないわ。あれやったらリアクションも派手やし、ええんちゃいます。よっしゃ、これいこか。みんなスタンバイええか。ほな3秒前、2秒前、1秒前。おはよーございます…!あれ。なんや、また死んでるやないけ。かなんなもう。ロケが成立せえへんぞ。今日はもう撤収や。申し訳ないけどタレントさんにスタジオでトークしてもろて、なんとかでっち上げよ。やっぱ幕末はあかんわ。はよ大政奉還してや。かなんでほんま。

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虚構の大地

体格に恵まれず稽古も熱心とは言えず、番付も序二段と三段目を行ったり来たりのままで三十路も半ばを超えた渡辺電機(株)さんだが、それでも親方から廃業を言い渡されることもなく部屋にい続けられたのは、ひとえにちゃんこの腕前と、何と言っても誰もが抱腹絶倒必至の初っ切りのセンスゆえであった。地方巡業の煮え切らない土俵に不満を溜め込んだ客も、渡辺電機(株)さんのキレの良い動きとツボを心得たユーモアに、いつも大爆笑、満足の内に家路についた。だが、この日の土俵を取り巻く客は、全員が黄緑色のスキンヘッドに、体にぴったりと貼り付いた銀色のツナギ、その瞳は紫の光を放ち、土俵上の勝負にも無反応で、どこの国とも分からない不思議な言語で会話を交わしていた。いつも通り、結びの一番の後を締めくくる初っ切りをつつがなく進行させ最後の場面、相方に耳打ちする。おい、スペシャル行くぞ。いいんすか、こいつらヤバイっすよ。大丈夫だ、まかせろ。ハデに投げ飛ばされ、土俵上に大の字に寝転んでおどけた表情を作る渡辺電機(株)さんに、相方の力士が箒を投げてよこす。ぴょんと起き上がった渡辺電機(株)さんは箒にまたがると、腰をくねらせシナを作りながら、下品な猥歌を歌い始める。♪いやだよいやだよおよしなさい、ゆんべしてけさして、またしようとは…。静まり返った土俵上に響く渡辺電機(株)さんの歌声に呼応するかのように、黄緑色だった観客たちの顔面が次第に膨れ上がり、オレンジ色に赤熱して行く。固唾を呑んで見守る、力士たち。いよいよ熱を帯びる、渡辺電機(株)さんの歌声。破裂寸前にまで熟す、観客たち。エントロピーの臨界点に達した時に何が起きるのか、それは誰にもわからなかった。

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Landscape of life

面白半分に、土俵下の力水にバイアグラを溶かし込んでおいたら大騒ぎになってしまい、理事長にドギツく怒られた。これで理事の目は消えたか…。このまま平年寄として協会の下っ端親方の冴えない人生を送るくらいなら、一発勝負に出るか!こうして相撲界を飛び出した元関脇寺尾にとって、一般社会での暮らしはどんなものだったのか。数年後、尾羽打ち枯らして舞い戻り、頭を下げて兄の元逆鉾が営む井筒部屋に世話人の職を得た彼は、空白の時期について一切語ろうとしなかった。その胸に大きく実る豊かな乳房と、後れ毛をかき上げる艶っぽい仕草だけが、かすかに往時の暮らしぶりを伺わせたという。

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収容所惑星

近所の牧場でくさむらに落ちている牛糞を一斗缶いっぱいに集めて、近所の渡辺電機(株)さんの所に持っていくと、それは喜んでくれたもんじゃ。あの牛糞を、電機さんはいったい何に使っておったのかのう…。源じいは酔っ払うと、いつもこの話だ。源じい、牛糞の代わりになにかもらえなかったのかい。話の腰を折って尋ねると、源じいはにたにたと笑い、おれの耳元に口を寄せて、酒臭い息を吐きかけて囁いた。性の歓びをな、教えてもろうたんじゃ。せ、性の?!そうじゃ。こうやってふるちんになってな、腰を前に後ろにかぽーん、かぽーんと動かせば、ほれ、きんたまがかぽーん、かぽーん言うてゆれるじゃろ。これを見たネコがな。ね、ネコが?!そう、ネコがきんたまの動きに合わせて、首をこうくいっぽ、くいっぽ…。わしはそれが楽しくての、いつも親に隠れてネコの前できんたまをかぽーん、かぽーん…。しゃべったな、源じい。??? そ、その声は…ウワーッ、で、電機さんッ!?誰にも話すなと約束したな。約束を破ったおまえには、相応の罰を受けてもらう。こうして、監獄惑星で250年の刑をくらったというわけじゃ。ああ、まだあと120年もあるのか。そろそろ誰か来てくれんかのう。さびしいのう。今日もまた、砂嵐だけが話し相手じゃ…。

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