渡辺電機(株)

マンガ家・渡辺電機(株)さんの公式ブログです

二人の夏物語

電機さん、ウニたくさん採れましたよウニ。白鵬の弾んだ声に思わず腰を上げたが、バケツ一杯のオニヒトデを見て、ガッカリして再び焚き火の側にへたり込んだ。せっかくの秋巡業打ち上げの東京湾クルーズが一転、見知らぬ孤島に横綱と二人きりのサバイバル生活。とうとう食糧も底をつき、任せてちょうよと海に飛び込んだ横綱は、ウニとヒトデの見分けもつかないアンポンタン。もはやおれの悪運もこれまでか…。生のままバリボリとオニヒトデにかぶりつく横綱を眺めながら、コイツだけは生き残るんだろうな…と思ったが、おれの死体もたちまち横綱に食い尽くされるのだと気付き、堰を切ったように生への執着が湧き上がった。死んでたまるか。おれはバケツに山盛りの、まだ生きているオニヒトデをつかみ取り、口中に生臭さとシビレが広がるのもかまわず、何匹も何匹も、無我夢中で平らげた。翌朝、体をくの字に曲げて死んでいる横綱を呆然と見下ろすおれの体は、全身紫色に膨れ上がっていた。やがて皮膚は黒ずんだトゲトゲに覆われ、人間の心を失い、腐乱した横綱の屍体を残らず平らげる頃には、一匹の巨大なオニヒトデに姿を変えていた。そんなおれにも、未払いの国民年金の差し押さえは、容赦ないものだった…。

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水棲記

水面から突き出たアンテナにロープを巻き付けてスクーターをつなぎ、水中へ。すっかり水没してしまった都庁の中に、まだまだお宝が眠っているのである。おれたち水棲人でも水圧に押し返されてたどり着けない下層階には、往年の都知事・石原慎太郎が、巨大なライギョの姿になって眠っているというが、誰が見たのかもわからない話だ。ただ暗い水底の淀みの中で、巨大な二つの目が、まぶしそうに迷惑そうに、シバシバとせわしなくまばたきするのを、おれは何度か目にしている。一度はたしかに「良純よ」と話しかけてくる声をハッキリと聞いたが、もう捨ててしまった過去の名前だ。おれには、何の関係もない。魚を獲って食い、都庁遺跡で盗掘した貴金属を売り、酒を買う。今の暮らしに、おれはすっかり満足しているのだ…。

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もののけの夜

ノーベル変態賞受賞の知らせを受けた時おれは、銀座の「黴」で野坂がホステスを口説くのに付き合わされ、少々ウンザリしていた。店内になだれ込んできた報道陣がおれに群がり、口々にけたたましく喚き立てるが、鳥の言葉を理解しないおれは、申し訳なさそうに微笑んで首を振るしか無い。見かねたママがおつまみのナッツを床に撒いてやると、彼らは取材そっちのけでナッツに群がり、我先についばみ始めた。既に泥酔状態で何が起きているのかも理解していない様子の野坂が、ホステスと見分けもつかず、記者の尻の羽毛に顔を埋めて、接吻を繰り返している。すまないねママ、お代はあらためて。阿鼻叫喚のフロア越しにカウンターの向こうのママに手を合わせて退出、タクシーを捕まえて飛び乗り、ようやく一息ついた。おやお客さん、いまニュースに出てる人じゃないですか。バックミラー越しに笑いかける運転手は、黒光りするゴキブリの顔をしていた。ああ、忙しくなりそうだ。早く帰って明日に備えて寝たいよ。じゃあ、私からのお祝いで特急便のサービス。特別ですよ。言うなり、ゴキブリは俺を乗せたまま羽を広げ、銀座の夜空へバタバタと舞い上がった。

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北の狼

地回りのヤクザに頼まれて麻雀の代打ちで、札幌へ。相当な打ち手が揃ったとのことで、念のため用意した長ドスをしのばせた腹巻きをポンと叩き、すすきのの指定されたクラブの、「準備中」の札の掛かった扉を開ける。渡辺さん、こちらです。黒服に案内された個室の卓には、すでにメンツが揃っていた。中田翔、男・藤田伸二、ヒグマ。勝っても生きて帰れねえじゃん。おれは面々がこちらを向くよりも前に火炎瓶にライターで火を着け、投げ捨てざま店を飛び出した。息が切れるまで走り続け、振り返ってみると、店の入っている第666桂和ビルは轟音を上げて爆発を繰り返し、窓という窓から火を噴き、黒鉛を上げて崩れ落ちていく。もうもうたる火煙の中に、バットを持った大男、ムチを振り回す小柄な男、そして猛り狂う野獣のシルエットが浮かび上がり、こちらへゆっくりと近づいてきた。何台も駆けつけたパトカーにおれは救いを求め、おまわりさん助けてくださいと駆け寄った所を、警官隊の一斉射撃で蜂の巣にされ、息絶えた。

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きつね

朝から区の健康診断で、西荻のクリニックへ。何食わぬ顔で身長体重、心電図、レントゲンと無事にクリアして気がゆるんでしまい、採血でウッカリした。おれ特有の紫色の顆粒状の血が、注射器の中にポコポコと溢れ出したので、ナースが古生代の怪鳥のごとき奇声を発し、診察室を飛び出していった。躊躇していては命にかかわることを経験上知っているおれは、ただちに変身を解き、一本足のカラカサの姿に戻り、ゲラゲラ笑いながら阿鼻叫喚の待合室を駆け抜け、夜の闇へと走り去った。あとには、なまぐさいけだものの臭いが残った。

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ロリータ大戦争

図書館で貸し出しの列に割り込みしたら、後ろに並んでた小学生の女子3人組にボッコボコに袋叩きにされた。係員も、止めずにニヤニヤ見てやがんのよ。モップとかパイプ椅子とかで殴られて、こっちは血だらけだっつの。あったま来て、行ったよ警察。したらよう、おめえがいやらしい目で見たんだろつって、取り合ってくんねえんだわ!ふざけんなっつの。こっちも男だし、あとに引けねえだろが。だからここに来とるんじゃ。わかったやろ。わぁったらはよガソリンよこせやボケ!なに笑ろうとんじゃあほ。わっぷ。ちゃうがな、わしにガソリンぶっかけてどないすんね…あ、おまえらさっきの3人組。アーッ火!火ぃはあかんて!ちょ!ごめんなさい!ごめんなさいって!ごめ

 

 

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浪曲ビートルズ

いま、新地のキネマでビートルズの映画やっとるやろ。あれな、おれのエピソードを全部削って、あたかも4人組やったかのごとく描かれとったやろ。これ、実はおれの方からそうしてくれいうて要望を出してん。解散して40余年、マスメディアに追い回され再結成について訊かれるのも、もーさすがに疲れたわ。それにほれ、マンガの月例賞の努力賞に入ったゆうて、けっこうなタンカを切ってビートルズ脱退してもうたさかい。あげくに、この貧乏暮らしやろ。なんで今さらおめおめとポールやリンゴの前に出ていけるんや。せやろ。とにかく、もう話したないねん。ほっといてんか、もう。ああ、この金はありがたくもろとくさかい、もう追い掛け回さんとってや。おおきに、ほなな…。

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